手弱女メント

むつごとをしても一人

平成29年8月16日

朝長くトイレにこもることのある恋人がトイレから帰ってきたときにフェラチオをするとsemenの味がする。

平成29年8月15日

起きると朝ごはんが出てくる。

1汁3菜以上が用意されて文句のつけようのない朝食だ。

そのあとシャワーを浴びて、母の車で市役所へ行った。転出届をもらった。茨城の辺鄙な町から東京都港区という大都会へ住民票を移した人間は自分が初めてではないかと得意げな気持ちになる。実際は虎の威を借る狐で、住まわしてもらう訳だけれど。恋人には俺から気持ちが離れていってしまうまでできる限り感謝を尽くしたい。

 

懐かしいホームセンターや本屋やスーパーマーケットで母と買い物をした。帰京の電車で読む為に、江國香織の東京タワーを買ってもらう。

 

母は駅の改札の外からいつまでもホームを見ていた。電車に乗るときに最後に手を振った。どんな表情をしていたのかは遠すぎてわからなかった。一番安い切符を買えばホームまで来られるということを教えてあげようかと思ったが、ともかく、こういう別れのときに表情がわからないというのは良いものだと思った。

 

江國香織の文章は心にすっと入り込む。二人の少年を知るにつれて、恋とは普遍的なものだと思った。生まれも育った環境もこの二人とは重なる部分がないけれど、かつて同じような恋わずらいを抱いていた。

 

「今度、詩史さんの高校にいってみようよ。大学でもいいけど」

「遠すぎるわ」

「高校生の私も、大学生の私も、いつも透くんの目の前にいるわ」

 

このやりとりがとてもよかった。年上の恋人と付き合うものはいつも恋人の過去を、年下の恋人はいつも恋人の未来を嫉妬するものなのだ。それが普遍的なことだ。

平成29年8月14日

父に会いに行く。

飲酒運転で免許取消されて酒ばかり飲んでいるらしい。

仕事をリストラされて古物商をはじめた。

店は酷い有様だった。汚くて売れなそうなものばかり置いてあった。

父が死んだらこの大量のものたちを誰が処分するのだろう。

どうしようもない父。反面教師。

そんな姿を臆面もなく見せられるというところが嫌だった。

先達はいつだって楽しくなくたって楽しくみせなければいけない。

運転できないからタクシーに乗って街へ出た。変な感じ。

飲み屋で今まではしたことのない会話をした。

母との結婚生活の話、宗教の話、父は父なりに悩んで生きてたことを知った。

親は子供が殺人鬼になっても心の中では絶対に肯定する生き物だ。

俺は子供を持つことはないけれど、親のことを肯定できるような大人になりたい。

平成29年8月13日

当たり前だけど親は自分より先に老いていく。特に慢性的な体の痛みは肉体労働者に付き物だ。母の肩を揉んだときに、余りのこりようにびっくりした。祖母の介護をする母の背中を見て、自分もこんな風にやれるかな?と思う。せめて介護師を雇うだけのお金を稼げていたい。帰郷するといつも目を背けていたことに出会ってしまう。ゲイだから結婚しないし子供も出来ないし、家族なんて関係ない、考えなくてもいいとは割り切れないことに気づく。東京に戻ったら、またそんなことは忘れて暮らし始めるだろうけど、心の奥には秘めておかなければいけない。家族全員が信じている創価学会という宗教を自分は信じることが出来ないから、仏壇とお墓に手を合わせる時は、母が大変な目にあっていても安らかな心でいられるように守ってくださいとだけお願いをした。信じてお題目をあげつづける母を、守ってあげてくださいと。

平成29年8月12日

義務感によって帰郷したことで色々なことが胸をつく。雑にここに記録する。

 

駅に降り立ち、ひなびた故郷を目の当たりにすると此処が自分の生きるべき現実なのではないかと感じてしまう。ポルナレフの、ジャッジメントの生み出した妹とアヴドゥルの土人形に襲われた時の「スタンドを使うのも忘れちまっていた!」って台詞吐くシーンに似てる。東京とは景色も匂いも湿度もあまりにも違いすぎるからまず驚きがある。驚きが平静さを保てなくする。胸をつく。笑えなくなる。落差があまりにもひどいから。故郷が嫌いとかそういうんじゃない。ひよっこでみね子が工場の同僚達と海に行く話の時に感じた罪悪感、後ろめたさ、この気待ちの正体はそれと同じ。自分ばかりがいい思いをしているという背徳感。幸せなのに、幸せでいていいのかと考えはじめてしまう。それは自分の趣味とかにまで影響する。バンドのコピーとか、ガレージバンド夜な夜ないじって曲作るとか、そういうのが全部虚構、虚無、いつわり、無くていいもの。そう、無くていいものに思えてくる。無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄。そんな思考を生み出す場所が故郷。だから嫌になってしまう。東京は気楽に没入感を得られる。何故なのかはわからないけど。だから気持ちいい、気が楽でいい。こんな気持ちであと5日も過ごさなきゃいけないのが苦痛。

平成29年8月11日

帰省。

ばあちゃんからお小遣いをたくさんもらう。

それを東京で浪費することを思うと心苦しい。

必要なときのために貯めておきたい。

貧乏は貯金ができない。

雨宮まみさんの東京を生きるを持って来ればよかった。あの名著は俺にとって読み物ではなくお守りだ。

 

平成29年8月10日

朝、春を病院に連れて行く。

前回先生がちょっと意地悪な感じがあったけど、今回は感じがよかった。

診療代も取られなかった。

まだ目が赤いらしい。ちゃんと目薬さしてあげないと。

 

昼、後輩たちとよよこうピクニック。タコライスをテイクアウトしてキャンドゥでしゃぼん玉やあくたもくたを買い揃えた。途中お酒も買いに行った。後輩に何気なく奢るというのは気持ちがいいことだ。慕ってくれるかわいい後輩がいてくれて嬉しい。大事にしたい。

 

夜、ぎおん徳家にてぱふぇを頂く。たっけー割りにあんま美味くなかった。舌が肥えてないから。あくまで私的な見解だけど、バカ舌はしょっぱいものはなんでも美味しいと感じる。幼少期から舌を肥えさせていたら、このぱふぇを美味しいと思えた気がする。甘いものって本当に安っぽいのが好きだな。コンビニで買える甘いものが最強。